コレステロールが悪玉だという欺瞞を考える

どんな人も、コレステロールの摂り過ぎは良くないと思うことは、当たり前に思っていただろう。
でもそんな定説が先日あっさりと覆された。

コレステロール値:「食事で変わらず」動脈硬化学会が声明

みんな健康診断とか人間ドックで心配だったから数字の高い低いに一喜一憂してたのに、
ここに至って厚労省や学会などが揃って「食事でコントロールしても意味がありません」と言われてしまったらこの心配は水の泡。
その根拠は「食事で多く摂っても体内で作る量を減らすなどの調整する仕組みがある」からなんだそうだ。
となると、今までコレステロールを下げるために摂ってたサプリメントや、もろもろの健康療法やってた人はいったいどうなるの?といいたくもなる。
結構気にして食事制限とかしてた人もいると思うよ。下手すりゃ損害賠償モノだ。

健康に関する数値も時代の流れに応じて流動的になるということは、いったい何を信じて気を使わなきゃいけなくなる。
少なくともこれらは「絶対的なもの」として信用されていたからね。

目下次に改訂されそうな項目で個人的に予想しているのが、コレステロールと双璧をなす悪玉とされている「中性脂肪」、人間ドックでは「TG」と表されている項目だ。
高い数値だと、心筋梗塞、脳卒中になるなど、危険性もコレステロールと似たり寄ったり。本当にこれが高いだけでその危険性があるのか果たして疑わしくなる。
また、中性脂肪というのは低すぎても逆にダメで、体力自体が落ちるのだそうだ。
まぁこれに関するニュースは今のところでていないから信じてもいいのだけども、こうやって中性脂肪を涙ぐましく下げる人も現実にいるのだから、
正しい基準であってほしいと願う今日このごろ。

こむら返りにマグネシウムが効くって本当か!?

最近足がよくつるんです。いわゆるこむら返りというやつ。
定期的にはというわけではなくて、突然「あっ!くる」なんて思ったら最後、
10分くらいはその場から動けず痛みに耐える日々です。

これも年齢のせいかなぁ、しょうがないのかなぁとずっと思っていたんですが、
なんと薬である程度治せるというんですよね。
その物質がなんとも異様で「酸化マグネシウム」というもの。
これが体に不足しているから、補うことでなんと90%以上のこむら返りは防げるというから驚きです。
全く知らなかったなぁ。。

主に海藻類から食べ物で摂取するそうなんですが、サプリメントもすでにでていて
代表的なのがこちら、有機マグネシウムというものです。
http://tateho-sup.jp/

これを作っているタテホ科学というところはもともと工業用のマグネシウムのメーカーみたいですね。
http://tateho.jp/
海水から作っているということなので、名前の異様さとはうらはらに人体にも優しそうですね。
摂りすぎは良くないらしいですが。。。

アイハと八千草薫

八千草薫さんが出演されている皇潤のCMが、なぜか昔から好きだったんです。

あの古風な雰囲気が好きだったのかもしれません。

当然八千草薫さんの印象も非常に残っていて、大人になってから「男はつらいよ」を見たぐらいですもんね。

まあ、映画の感想は置いておいて…w

で、その皇潤ですが、新しく生まれ変わったという話が一時期話題になりました。

なんでも、アイハという成分が新たに開発、発見されて、それが皇潤に配合されるようになったらしい。(→http://www.volun-net.com/)

僕は現在の仕事の関係上、毎日医薬品や健康食品をわりとチェックするんですけど、この話題は同僚の間でもかなり注目を集めていました。

率直な印象ですが、まず、「アイハ」という言葉の語感の良さに感心しました。

どういうネーミング由来があったのかは定かではないですが、耳障りの良い言葉だと思います。

で、肝心の効能ですが、皇潤の専売特許でもあるヒアルロン酸を産生する働きがあるよう。

まあ、これが画期的なことだったみたいです。

僕の知る限り、サプリメントは、いくら健康に良い成分を配合していても、それがカラダに上手く吸収されないと意味がないのです。

そこで、アイハだと、直接ヒアルロン酸を摂取するわけではなく、一旦カラダに取り込まれ、内部からヒアルロン酸をつくりあげるため、効率的に体内のヒアルロン酸量を増やすことができる、という具合です。

なんか、八千草薫さんから話が飛んだような気もしますが、まあ、たまには良いでしょう。

抽象的な話が続いていましたね。

とりあえず、アイハ注目です!!

 

志が高い?

志が高い、という言葉がある。

一般的には、良い意味で使われることが多いようだ。

けれど、僕の周囲を観察する場合、どうも違うのではないか、と感じることが多い。

そういう人たちに共通する点として、あまりに志が高すぎる、というものがある。

この場合でいう彼らの「志」は、「目標」と限りなく同義である。

もちろん、彼らの言葉や態度を観察すると、どうもそのようだ、というだけで、明確な定義ではない。

つまり、あまりに遠くて眩しい地点に目標を定めている人が多くて、端から見ていると「おいおい、大丈夫か?」と心配してしまうわけである。

目標は、達成しなくては意味がない。

そうでなくては、その地点を目標と定めた、自分の見込みが甘い。

僕は、この見込みや予測というのが、もの凄く大切な能力だと考えている。

正確な予測のためには、ある程度の客観力が必要だからだ。

これこそ、人間だけが持ち得る能力ではないか。

あなたの周囲にも、人前で壮大な志を語り、いつのまにかフェードアウトしていった人がいないだろうか。

そんな人は、きっと他所の社会で、またべつの志を語っているだろう。

もちろん、否定しているわけではない。

平和で良いな、と思うし、言い続けることで、いつかは達成するだろう。

ただ、効率が悪いな、と思うだけである。

これまでつらつらと目標としての「志」について書いてきたが、本来、志というのは目指す場所へ辿り着きたい、と望む思考のなかに存在するものである。

志はけっして地点ではないのだ。

高みを見上げたときわき起こる純粋な感情。

そこから生まれる滑らかな思考こそ、志なのだと僕は考える。

 

 

 

 

 

 

 

素敵な暇

クリエイティブな作業に取りかかるときのコツのようなものがある。

それは、充分な時間の確保に他ならない。

創作というものは、それだけ、自由な環境を必要とするのだ。

もっと簡単にいえば、「暇」としても良い。

せかせかしているなかから、質の良いクリエイティブは生まれない。

それは結局のところ、クリエイティブなことに対して、すこしでも時間を費やせるほうが有利だ、という単純な理由に起因する。

たとえば、基本的にいつでも暇な学生なら、一日の大半を考える時間に費やせるし、仮になにか他のことをしているときでも、ふとクリエイティブなことに関するアイディアを思いついたとき、頭の隅に留めておくことができるだろう。

そうした小さな発想がけっして無駄にならないことを、クリエイティブな作業をしたことがある人は知っているものだ。

けれど、この暇な時間を確保する、ということがなかなか難しい。

ほんとうに、一筋縄ではいかない。

本来、人類はつねに怠惰を指向して生きてきた。

現代を生きる多くの人の現状を見渡せば、これはしかし立派な皮肉だ。

だから、これからクリエイティブな作業に取りかかる人、あるいは現在まさに取りかかっていてどうも上手くいっていない人は、いつも、自分の置かれている環境を自覚して欲しい。

暇を指向することが、上質なクリエイティブへの最短ルートなのだから。

 

 

こっから−kokkara−始まる道

なにか新しいことを始めようと思い立ったとき、すでに目的の半分は達成している。

そして、実際に一歩を踏み出した瞬間には、ほとんど目的を達成したに等しい。

これは、僕がなにかを始めるとき、いつも強く考えることだ。

つまり、それだけ決断を下すことは難しい。

いってしまえば、決断し、初めの一歩さえ踏み出せば、あとはその矮小な一歩を積み重ねるだけなのだ。

どれだけ険しい道でも、たとえそれがどれだけ途方もない距離であっても、いつかは辿り着く。

理由はシンプルだ。

それが正しい道だから、である。

さて、一歩踏み出しさえすれば、あとは悠々と自分のペースで進めば良い。

たしかに、どの道を選択しようかとあれこれ考えているとき、そして、方針が定まり、実際に重い腰を上げて初めの一歩を踏み出すことに比べると、歩くという行為ははっきりいってスリルじゃない。

ほとんど、惰性である。

しかし、それはけっしてあなたにとって不幸な時間ではない。

なぜなら、決められた道をただ歩くことは、それだけで楽しくもあるからだ。

毎日同じルートを辿っていても、あるときは綺麗な小石にふと目を奪われるかもしれない。

あるときは、自然とお気に入りの歌を口ずさむかもしれない。

そしてあるときは、美しい鳥の声に気づくかもしれない。

これらは、同じはずの道を、まったく違うものに変化させる。

歩むことでしか味わえない、醍醐味のようなものである。

こっから−kokkara−というタイトルとリンクしているかはわからないけれど、すこし書いてみた。

道を歩くことはそれだけで楽しい。

そして、いつか僕はふと立ち止まり、これまで歩んできた道程を振り返るだろう。

そのとき得られる感覚がどんなものか、そのとき見られる景色がどんなものか、実は、現段階で一番の楽しみはそれだったりする。

とにもかくにも、これが僕のたしかな第一歩である。

 

 

 

 

 

 

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