なにか新しいことを始めようと思い立ったとき、すでに目的の半分は達成している。

そして、実際に一歩を踏み出した瞬間には、ほとんど目的を達成したに等しい。

これは、僕がなにかを始めるとき、いつも強く考えることだ。

つまり、それだけ決断を下すことは難しい。

いってしまえば、決断し、初めの一歩さえ踏み出せば、あとはその矮小な一歩を積み重ねるだけなのだ。

どれだけ険しい道でも、たとえそれがどれだけ途方もない距離であっても、いつかは辿り着く。

理由はシンプルだ。

それが正しい道だから、である。

さて、一歩踏み出しさえすれば、あとは悠々と自分のペースで進めば良い。

たしかに、どの道を選択しようかとあれこれ考えているとき、そして、方針が定まり、実際に重い腰を上げて初めの一歩を踏み出すことに比べると、歩くという行為ははっきりいってスリルじゃない。

ほとんど、惰性である。

しかし、それはけっしてあなたにとって不幸な時間ではない。

なぜなら、決められた道をただ歩くことは、それだけで楽しくもあるからだ。

毎日同じルートを辿っていても、あるときは綺麗な小石にふと目を奪われるかもしれない。

あるときは、自然とお気に入りの歌を口ずさむかもしれない。

そしてあるときは、美しい鳥の声に気づくかもしれない。

これらは、同じはずの道を、まったく違うものに変化させる。

歩むことでしか味わえない、醍醐味のようなものである。

こっから−kokkara−というタイトルとリンクしているかはわからないけれど、すこし書いてみた。

道を歩くことはそれだけで楽しい。

そして、いつか僕はふと立ち止まり、これまで歩んできた道程を振り返るだろう。

そのとき得られる感覚がどんなものか、そのとき見られる景色がどんなものか、実は、現段階で一番の楽しみはそれだったりする。

とにもかくにも、これが僕のたしかな第一歩である。